村上春樹の最新作『一人称単数』が「ロサンゼルス・タイムズ」で酷評された件について。

みなさんこんにちは。

村上春樹の最新作『一人称単数』はもうお読みになられましたか?

本作は8編からなる短編小説集ですが、内容は!?というと、率直に過去の短編小説集とは少し物語の雰囲気が違っていると思います。

「回想録」みたいな感じ!)

それが良いのか悪いのかは分かりませんけど、これをかなり酷評している人もいるというのが事実です。

先日、アメリカの日刊紙「ロサンゼルス・タイムズ」で一人の女性が本作に対してかなり辛辣な意見を発しているというネット記事を発見しました。

今回はその内容について僕の思うところを述べていきたいと思います。

1.酷評の内容

「ロサンゼルス・タイムズ」に記載された『一人称単数』に対する酷評の内容を大きく3つに分けてみました。

  • 新奇性がない
  • 自分を商品化しようとしている
  • 女性を軽視している

以上の3つです。

詳しく見ていきます。

1.新奇性がない

1つ目は「新奇性」がないです。

ネット記事のタイトルを見てもわかるように、村上春樹は井戸の中に落ちてしまったというもの。

村上春樹の作品には度々井戸が登場しますが、これはその「井戸」を使った一つの皮肉な表現ですね。

具体的にはネット記事にこのように書かれています。

そして今、村上自身がその暗くて湿った井戸の中に囚われ、過去の作品への完全なる追憶に浸りきるあまり、未来へと続く道を見失ってしまっているようだ。

『米紙が辛口批評「村上春樹は井戸の中に落ちてしまったらしい」』COURRIER 

批評者いわく、この『一人称単数』は話のポイントが掴めないと言っています。

唯一肯定している作品は本作の7つ目に収められている「品川猿の告白」。

僕も何度か読みましたが、とてもおもしろかったですよこれ。

この物語では人の言葉を話す猿が登場するんですけど、その猿の話す内容が本当に心に響きました。

さすが村上春樹だなと、率直に感動しましたね。

それ以外の7つの物語も僕は面白いと感じたんですけど、批判者いわく新奇性に欠けているんですかね。

2.自分を商品化しようとしている

2つ目は「自分を商品化しようとしている」です。

批判者は、『一人称単数』を読んで村上春樹が自分の名前をこれまでになく「商品化」しようとしているように見えると言います。

具体的な理由こそ明記されていないものの、おそらくこの『一人称単数』という作品の内容がかなり薄いものになっていて、作品の内容より自分の名前を使って本を売ろうとしているのではないかと感じたのだと思います。

さらに、小説だけでなく自分のTシャツコレクションの本(『村上T 僕の愛したTシャツたち』)を出版したことも彼が自分を商品化しようとしているように見える理由の1つだと。

3.女性を軽視している

3つ目は「女性を軽視している」です。

もしこれが本当ならかなりびっくりですよね、ファンがかなり減りそう。

さて、批判者がこのようなことを言っている根拠の1つが、作中に出てくる女性の名前です。

『一人称単数』の8編のうち名前を持っている女性はなんと1人だけ。

「別に名前ぐらいなくたっていいじゃん」と思う人もいると思うのですが、この名前を持っていない女性が多いという事実を含めてこの『一人称単数』の作品全体が女性を軽視していると批判者は言っています。

本当にそうなんですかね?

2.酷評に対する僕の反論

1.「新奇性がない」⇒「新奇性があろうがなかろうが十分楽しめる」

「新奇性がない」と批判されているみたいですけど、はっきり言って僕はこの『一人称単数』という作品が本当に新奇性がないのか判別できないです。

でも間違いなく言えるのが、「本作は十分に楽しめる作品になっているという事。」

彼の描く物語って他の誰にも書けないと思いますし、かなり個性的じゃないですか。

それは本作も例外ではないです!

これは僕が保障します。

みなさんが村上春樹の作品を読む理由はなんなんでしょう?

人それぞれ違うと思いますが、僕は彼の文章が好きで、彼が抱いている考えや思いを知りたいし、彼の創造する個性的な物語を読みたいと思うから彼の作品を読んでいます。

だから、たとえ彼の書く物語に新奇性があってもなかっても僕にとってはあんまり問題ではないんですよね。

それにですよ、「新奇性がない」ということも彼の作品においては1つの「新奇性」ですよきっと!

2.「自分を商品化しようとしている」⇒「別に良くない?」

ぼくは村上春樹が自分の名前を商品化しても別に良いんじゃないかと思います。

自分をどう扱おうがそれは他人の知ったことじゃありませんし、それは彼の自由だと思います。

それに、まだ彼が自分の名前を商品化しようとしていることが決定的なわけではないです。

批判者は単に、『一人称単数』の出来が悪くて自分のTシャツコレクションの本を出版したりしているからそう言っているだけで、村上春樹が自分の名前を商品化しようとしているというのは1つの仮説にすぎません。

僕的には、彼がこれからも小説を書き続けてくれればそれでいいです!

3.「女性を軽視している」⇒「それはない」

『一人称単数』に出てくる女性の名前がなかったり、本作全体を見て女性を軽視しているという風に捉えた批判者ですけど、僕の言い分としてはこの『一人称単数』という作品柄そうなっているだけなんじゃないかなぁと思っています。

たしかに、本作に登場する女性の描き方は少し、、と思うところもあるのはありますけど、それがそのまま「村上春樹は女性を軽視している」という結論に結び付くのは違うと思います。

彼の作品には魅力あふれる女性たちが多く登場していますし、村上春樹が女性を軽視しているんだったら『1Q84』みたいな物語は描けませんよ。

3.まとめ

「ロサンゼルス・タイムズ」に投稿された『一人称単数』の批判に関するネット記事を見た感じ、個人的にはその批判は批判者のひとつの意見に過ぎないと思います。

そういう批判をする人が一人いるってことは他にも同じような意見を持っている人が少なからずいると思います。

そして、その批判の内容が事実かもしれないですし、そうではないかもしれません。

何度も言うようですが、僕的には『一人称単数』に対してネガティブなイメージは持ちませんでしたし、批判内容に対して「そんなことないんじゃない?」っていう心境ですね。

みなさんはどう感じましたか?